幸せであること、それにきづいた。

遠方の友達と、ラインでつながっているのです。
まだ実際には会っていないけれど、でもきっと一生の友達。
私がセクマイであることを、みんなに知らせています。
そうでないと、もう誰とも付き合いたくないのです。
リアル、ネット、どちらも、もう自分を隠しては付き合いたくないのです。

最近、いろいろと幸せ計画を練っていてそれが実現してきたので、幸せいっぱいです。
前は、セクマイだから不幸だと心底思ってきました。
でも、今は幸せいっぱいです。

なんでかっていうと、
パートナーに、友達に、家族に恵まれているからです。
そのことにでついに気づいた。
前は、気づく力がなかった。
今は気づいています。

この、ブログをかいてきて、その理解が自分の中で進んできたことに感謝です。
やはり人間、何かしたためておくといいみたいです。

友達にも本当に恵まれています。
お金は相変わらずないけれど、ないなりになんとかやりくりをしています。
それが、最近できてきたことかなあ。
それに、春になって、気持ちが上向いてきたのも大きいですね。

日々これ感謝です。

私のことを理解してくれる友達がいる。

私の友達がたくさんいてくれて、本当にありがたいことだと思われます。
やっぱり友達がいるというのは本当に大きな励みになります。

特に私の事を、ちゃんと男性として受け入れてくれる友達に対して、心の底から感謝をしています。

私のことを女性であるとか男性であるとかそういったことを考えた時に、きちんとあなたは男性だと言ってくれる存在がいること。
それは私にとって大きな心の財産であり、大きな心の支えになります。

私の体は女性としての形をとっているため、今まだLBGTに対して理解がない人達や、差別や偏見に満ちている人たちからは、どうしてもトランスとかそういったことに対して理解のない人たちからは、どうしても私の体というものを見た時に、いきなり私は男性ですと言っても受け入れがたいようです。

しかし繰り返しますが友達がいてくれる。

私のことをちゃんと理解してくれて差別や偏見を全くしない人たちがいる。

私のことを本当に人として大切にしてくれる。
そのことで自分が自分で受け入れることが、徐々に徐々にできるようになってきました。

そして自分の友達からそう言った理解が進むむにつれて、いろんなところに出ていく時に、私は男性なんです言えることができるようになりました。

私の場合は 在宅で働いているため職場というものが家の中でしかありません。

なので私の場合自分が男性と公にいうことができるのは、美容院に行った時とか、服を買うときとか、そういう時が多いです。

メンズ雑誌を持ってきて下さい。

そう言った時に私が男性であるということができます。

それから服を買いに行った時とかも、メンズ服を着て私は男性ですからと、言うことができるようになります。

とてもとても大きなことだと思います。

泣き言です。

私は、トランスジェンダーです。性同一性障害。
かなりしんどいですよ。
体と心が一致しない。本当は男性なのに体が女性。

友達ができなくてですね、なかなかね。
小さい頃から自分はいったい何者かと思って生きてきました。
自分の体に違和感を覚えているので、いつも何かに動じています。
いつもおどおど。
いつもびくびく。
そうするとどうしてもいじめの対象になる。
かなりひどいいじめにも遭いました。

とにかく孤独でしたね。
だれかにわかってほしかったです。
でも、言えないし、今から45年前に生まれたので、性同一性障害なんて言葉や概念が社会にない。
オナベっていう言葉も、高校生になってから初めて知ったくらいです。
非常に生きづらいわけです。
それで、毎日死にたくなる。
鬱にも当然なる。

トランスが全員私のようだとは思いません。
明るくたくましく強く賢く美しく生きているトランスもいるとは思います。
でも、私の友達のトランスは、やはり私と同じです。

暗く弱くおびえて生きている。
しんどいですよ。
本当にしんどい。

まあ、ひとしきり泣き言を綴りましたが、でもね、生きているといいこともあるわけです。
友達ができました。
嬉しいのです。

SNSで知り合い、そして交友を深めることができるこの時代。
本当に助かります。
感謝なのです。
ほっとできるのです。