ヘルパーさんからの理解と信頼関係。

私は、精神疾患と、性同一性障害と、ダブルで、マイノリティなんです。
でも、そのことを自分で受け入れることがちょっとできるようになってきました。
なぜかというと、最近、パートナー以外の人に、そのことをカムして、受け入れてもらっているからです。
まず、友達。
ネットの友達ですが、何人にも告白しています。
というか、ネットってとても告白しやすい。
利害関係が発生しないので、非常に言いやすい。
かなりありがたいのです。

それから、12月からお世話になっているヘルパーさん。
ヘルパーさんには、非常に信頼しています。
やはり、対面して、リアルで会って、その上で、私のことを仕事上でもいいから、受け入れてくれている人がいると安心できます。
それで、かなり最近安定してきました。
私に必要なのは、きちんとした理解と愛情だったんだと我ながら思います。

特に「私は実は男性なんです」って言っても、ドンひかない人が毎週家に来てくれるっていう環境はとても大事でした。
ありがたくて仕方がありません。
これからもヘルパーさんにはお世話になっていきたいので、心の底から感謝して、また、人としての礼節を守っていきたいです。

人から信頼されているって嬉しいことですよね。
ヘルパーさんは私を男性として理解してくれているし、信頼もしてくれているようです。
心の底から嬉しいです。
ありがたいのです。

人生の転機。

自分以外のトランスジェンダーの人達と会ったことは、私にとって大きな人生の転機でした。
それまで自分がなぜこんなに苦しんでいるのか、どうしてイマイチハッピーになれないのか、ものすごくアンラッキーな気持ちでいるのか、まったく見当もつきませんでした。
自分の体に対して肯定感が持てないというのは、物凄く不幸なことだと思われます。

しかしそれを乗り越えていく力というものも、性別適合手術をしたり、ホルモン注射をしたりというそういう技術も現代はあります。
そこで私は私は自分に対しては手術もホルモン注射もしませんけれども、自分の体を少しずつ受け入れるということを頑張ってきた45年間だったように思います。

でも何度も言いますが、自分以外のトランスジェンダーの人たちが苦しんでいるのを見て、自分が苦しんでいることを自分で肯定できるようになりました。

自分が苦しむのは、自分が悪いのではなくて、それは障害のせいなのだということを受け入れることができました。
そのことは自分にとって精神的に安心できるということができるようになり、非常に良かったと思っています 。

それから私の場合はパートナーである女性との出会いがとてもとても大きかったです。

そのパートナーである女性は私のことを、男性だから愛しているとか、女性だから愛しているとか、トランスジェンダーだから愛してるとか、セクシャルマイノリティだから愛してるとか、そういったカテゴリーで愛しているのではありません。

パートナーは私のことを、一人の人間として大事に思ってくれています。
そして、私のトランスとしての苦しみを、きちんと理解しようとしてくれています。
本当に感謝なことだと思っています。

トランスを取り巻く社会環境。

前にも書きましたが、出会いって大事。
特に、自分と出会うことが一番大事です。
なんで自分はこうなのか、なぜ自分は苦しんできたのか、そして自分はどうありたいのか、これからどう生きていきたいのか。

けっこう深い話なんですよ。

体が女性で、心が男性。
自分でも、本当に自分が男性なんだ、男性で生きていきたいと思うんだと言えるのは実はつい最近です。
女性として生きてきて、胸が嫌すぎたり、スカートが嫌すぎたり。
制服ってだいたいスカートだったので、小学校から中学校にあがるときに、制服をね、着なければならなくて本当に辛かったです。
みんなにも、あいつはスカートをはくのか、それとも学ランで登校するのかとか噂されていました。

相当からかわれてきたので、ひどいいじめにもあいました。
嫌な言い方ばかりされてね。
かなりきつかった。

なんで言い返せないのかと思う人もいるかもしれないけど。
自分に対する肯定感がないのに、自分で自分の違和感ばかり覚えるのに、どうして他人からの攻撃に反撃なんかできるでしょうか。
自信が全然ないのです。

今は、絶対的に味方してくれるパートナーがいて、それで友達もいてだいぶ自信もでてきたけどね。
でも、それも本当に最近のことなんです。

かなりくらい話ばかりだけど、でもこれが私なんだ。
無理して前向きになる必要もない。
暗くてなんぼですよ。

これからどう生きていくかは、私は、もう外では働かないということを決めました。
どうしても女性として見られるのはもう嫌なんです。
女性として働きたくないです。
男性として見てくれる職場なら素晴らしいと思っています。

最近になって、性同一性障害の人を受け入れる職場もほんのわずかながら出てきたらしい。
よかったと心から思います。
でもまだまだですよね。
まだまだ。

トランスの友達は、なんと東京で200社面接を受けて落ちたのです。
友達は、私と同じく手術もホル中もしていないから女性として面接を受けました。
なぜ200社も落ち続けたのかは、本当のところはわからないけど、もし彼が男性の体を持っていたらどうだったか。

私は、ある県で高校教師をしていましてね、11年前まで。
そのときも女性として働いていました。
かなりきつかったですね。
セクハラもひどかったですし、モラハラパワハラもひどかったです。
胸を少しでもからかわれると死にたくなるから、おどおどするから、可愛いとか言われてもむしろどうしていいかわからないから、余計に周りはイライラするのでしょう。

これがトランスを取り巻く環境です。
だから、これを読んでくださる方に言いたいです。
どうか、差別しないでください。
どうか、好奇の目で見ないでください。
そして、トランスがトランスとして生きていけるように、どうか見守ってください。

お願いします。

死なないで。

出会いは大事よね。
私は、自分がトランスだっていうことは実は最近ようやく受け入れました。
45年間、自分がなんでこんなに苦しむのかわからなかったのです。
なぜ、人とうまく付き合えないか。
それは、自分とであってなかったからですね。
自分の身体は女性。
でも心は本当は男性。
つまり、自分の本来の性別は男性でした。
この、自分との出会いに45年間。
かなり壮絶でした。

今は、幸せです。
でもね、今日もきっとどこかで、トランスの人が自殺していると思います。
自分のセクシャリティを、一人で抱えてね、それで、周りに受け入れられずに亡くなる人が実際にいたのです。
若いFTMの人が自殺しましたね。
自分のセクを会社に言ったら解雇。
そんな馬鹿げたことが実際にあった。
私でも、死ぬと思います。

実際、私も、2回自殺未遂したのです。
気の毒すぎるし、なぜ死んだかという本当に悔しいです。悲しいです。

でもね、やっぱり生きてほしいです。
自分の体は受け入れられないのも私が当事者だからよくわかります。
だからこそ、生きてほしい。
性別適合手術を受けてほしいですね。

そして、本当の自分と出会ってほしいです。

ちなみに私は手術しません。
お金がないからっていうのもあるし、パートナーが望んでいないっていうのもある。
そこは人それぞれです。
人それぞれでいいと思いますね。