なぜなら男だから。

悲惨な思い出ならたくさんありますよ。
トランスなんて全然いい思い出なんてないんだ。
たとえば、
3歳のときに、親戚のおばちゃんが結婚するっていうんで、
女の子だからっていうんでね。
白いドレスを着せられました。かなり泣いた思い出。
ひどかったです。
いとこの男の子は、やんちゃだけど、黒いタキシードを着せられてご機嫌でした。
私は、苦痛だった。泣いていた。
子どもにもプライドはあるのです。
自分に似合わない服は着たくない。
私は女性としては生きられない。
なぜなら男性だから。
私は、女の子としては生きられない。
なぜなら男の子だから。

もっと綺麗な顔立ちとか可愛い顔立ちをしてたらまた違ったものかもしれなかったけど、でもね、男なの私。
だから、綺麗だろうが、端正だろうが、可愛かろうが、不細工だろうが、なんだろうが、私は男なんだ。
それをね、スカート履けだの、化粧をしろだの、うるさいのよね。
私は何回も言うぞ。

男なんだよね。
そこんとこ間違えてきたからいい思い出ないのです。
ああ悲しいよね。悲しいです。

でも、これからは嫁様との思い出とか人生の悲哀でもなんでも思い出をほろほろと重ねていきたい。
それがこれからの人生の抱負です。
私は幸せになりたいのです。

友達との出会い

トランスって心と体の性が逆なんです。
だから障害なんです。
これね、かなりしんどい。

心が男性なんだけど、胸がある。かなりかなり不快。
かなりつらい。
それに私の場合、とんでもない爆乳だったりするからね。
嫌なんですよ。

自分の体を受け入れられないとしんどいです。
でもね、前よりはずっといい。
前は本当に孤独でした。

心が苦しいのは自分が弱いから自分が悪いからだとなぜかずっと44年間も思ってきました。
最近、その認識自体が間違っていて、私は悪くないんだと思ったんです。
それは、友達との出会いが大きかった。

トランスの友達がいます。
その友達は、朝起きてから夜寝るまでずっと苦しんでいます。心と体が違うから。
それで、苦しい苦しい死にたい死にたいとずっと言うので、この人は弱いなと最初思っていました。
でも、何回か話をして、ラインをして親しくなっていくごとに、
ああ、この友達は私の鏡だと思うようになりました。
そのくらい、私たちは似ています。
食べることしか楽しみがないっていうのもおなじ。
何か現実を逃れたいけど、男としてのプライドとかそういうのも人並みにもちたい。
本当に人並でいい。
そうですね。

人並みで十分なんです。
お金も名誉も愛も。人並みで十分。
でも、それがまったく得られそうにないから彼も私も長いこと苦しみ抜きました。

今、彼はインドに行っています。
仕事で行っています。
どうか、世界中で活躍してほしい。
私は嫁様と会って愛と平安という幸せを得ました。
友達には嫁様はいないけど、仕事で成功してほしいのです。

家族には言えません。

私は、自分がトランスであることを家族には言えません。
家族は、私がビアンだと思っています。
ビアンでもトランスでも変わらないとは思います。
でも、生まれた子どもが娘が実は男だったっていうのは、子どもの本人でさえ本当につらすぎるのに、親ならもっとつらいのかもしれないと思ってなかなか言えません。
親にこれ以上心配かけたくないです。

子どもの頃から自分に違和感があったので、そうとう人生はつらかったです。
でも、親にはよくしてもらいました。
メンタルになったのは、親からの厳しいあたりもあったけど、トランスだったからっていう理由もあると思います。
トランスってかなりしんどい。

胸があることが信じられないくらいつらい。
私の胸のでかさは普通じゃない。
普通じゃないのです。
幼稚園の頃からすでに大きくなっていた。
男性ホルモンもかなり多くて、小学校4年生のときに小学校で泳いでいたら腋毛を友達に見られた。
とんでもなく恥ずかしかったし、あっというまに学校中のうわさになった。
それまでもいじめにはあっていたけど、それからのいじめはもっとひどかった。
思い出すとかなりつらいです。

これは親には言えなかったしこれからももう過ぎ去ったことだからいうつもりはないです。

友達はトランスで、アセクシャル。

あるサイトで、私と同じトランスの友達と知り合いになりましてね。
彼は、今ある大学の研究室にいます。
私45歳。トランスの彼39歳。
だいたい同年代。話もあう。

かなり体のことで、悩みに悩んでいる私たち。
朝起きて、夢うつつの時が幸せ。
起きている時はだいたい体のことで心がいっぱいなので、つらい思い。
胸が嫌だし、辛すぎる。
顔も嫌だし、つらい。
声も本気で嫌。
苦痛。

これを、私たちは日々感じているのです。
私は、パートナーや友達に恵まれてから自分の体への否定感がだいぶ薄れてきました。
自分の体を自分が受け入れられないけど、他者から全部受け入れられるとかなり否定感が減る。
これを体験しましたね。

友達は、トランスで、アセクシャル。
アセクシャルっていうのは、性欲がないこと。
だから、恋愛はなかなか難しいですよ。
そうすると、肉体関係というものをもつのがこれもまた難しいと思われる。
多分彼は経験がないはず。
ちょっと聞けないけどね。
聞くつもりもないし。

しかし、彼は少しばかり財産が資産がある。
それで、今日ふらっと京都に行きました。遊びに行ったらしい。
ああよかった。
彼にもまた、楽しみがある。
私に家族がいて、日々パートナーと猫とふれあって生きがいを感じているように。
彼にもまた楽しみがあったのだなと思うと救われる気がします。
いつまで京都にいるのかわからないけど、でも充分に遊んできてほしいです。

泣き言です。

私は、トランスジェンダーです。性同一性障害。
かなりしんどいですよ。
体と心が一致しない。本当は男性なのに体が女性。

友達ができなくてですね、なかなかね。
小さい頃から自分はいったい何者かと思って生きてきました。
自分の体に違和感を覚えているので、いつも何かに動じています。
いつもおどおど。
いつもびくびく。
そうするとどうしてもいじめの対象になる。
かなりひどいいじめにも遭いました。

とにかく孤独でしたね。
だれかにわかってほしかったです。
でも、言えないし、今から45年前に生まれたので、性同一性障害なんて言葉や概念が社会にない。
オナベっていう言葉も、高校生になってから初めて知ったくらいです。
非常に生きづらいわけです。
それで、毎日死にたくなる。
鬱にも当然なる。

トランスが全員私のようだとは思いません。
明るくたくましく強く賢く美しく生きているトランスもいるとは思います。
でも、私の友達のトランスは、やはり私と同じです。

暗く弱くおびえて生きている。
しんどいですよ。
本当にしんどい。

まあ、ひとしきり泣き言を綴りましたが、でもね、生きているといいこともあるわけです。
友達ができました。
嬉しいのです。

SNSで知り合い、そして交友を深めることができるこの時代。
本当に助かります。
感謝なのです。
ほっとできるのです。

トランスを取り巻く社会環境。

前にも書きましたが、出会いって大事。
特に、自分と出会うことが一番大事です。
なんで自分はこうなのか、なぜ自分は苦しんできたのか、そして自分はどうありたいのか、これからどう生きていきたいのか。

けっこう深い話なんですよ。

体が女性で、心が男性。
自分でも、本当に自分が男性なんだ、男性で生きていきたいと思うんだと言えるのは実はつい最近です。
女性として生きてきて、胸が嫌すぎたり、スカートが嫌すぎたり。
制服ってだいたいスカートだったので、小学校から中学校にあがるときに、制服をね、着なければならなくて本当に辛かったです。
みんなにも、あいつはスカートをはくのか、それとも学ランで登校するのかとか噂されていました。

相当からかわれてきたので、ひどいいじめにもあいました。
嫌な言い方ばかりされてね。
かなりきつかった。

なんで言い返せないのかと思う人もいるかもしれないけど。
自分に対する肯定感がないのに、自分で自分の違和感ばかり覚えるのに、どうして他人からの攻撃に反撃なんかできるでしょうか。
自信が全然ないのです。

今は、絶対的に味方してくれるパートナーがいて、それで友達もいてだいぶ自信もでてきたけどね。
でも、それも本当に最近のことなんです。

かなりくらい話ばかりだけど、でもこれが私なんだ。
無理して前向きになる必要もない。
暗くてなんぼですよ。

これからどう生きていくかは、私は、もう外では働かないということを決めました。
どうしても女性として見られるのはもう嫌なんです。
女性として働きたくないです。
男性として見てくれる職場なら素晴らしいと思っています。

最近になって、性同一性障害の人を受け入れる職場もほんのわずかながら出てきたらしい。
よかったと心から思います。
でもまだまだですよね。
まだまだ。

トランスの友達は、なんと東京で200社面接を受けて落ちたのです。
友達は、私と同じく手術もホル中もしていないから女性として面接を受けました。
なぜ200社も落ち続けたのかは、本当のところはわからないけど、もし彼が男性の体を持っていたらどうだったか。

私は、ある県で高校教師をしていましてね、11年前まで。
そのときも女性として働いていました。
かなりきつかったですね。
セクハラもひどかったですし、モラハラパワハラもひどかったです。
胸を少しでもからかわれると死にたくなるから、おどおどするから、可愛いとか言われてもむしろどうしていいかわからないから、余計に周りはイライラするのでしょう。

これがトランスを取り巻く環境です。
だから、これを読んでくださる方に言いたいです。
どうか、差別しないでください。
どうか、好奇の目で見ないでください。
そして、トランスがトランスとして生きていけるように、どうか見守ってください。

お願いします。

用語を解説しますね。

私は、トランスです。
そして、セクシャルマイノリティの友達が多いです。
やはり価値観とか生き方とか似ているし、話も合うのです。
友達がたくさんいます。
とっても嬉しいです。

あ、セクシャルマイノリティの用語をちょっと解説しておきますね。

まず、トランス。
これは、性同一性障害。
心と体の性が一致しないことね。

セクシャルマイノリティ。
これは、性的少数者。
例えば、トランス。性同一性障害。
例えば、バイセクシャル。男性も女性も愛せる人。
例えば、レズビアン。女性の同性愛者。
例えば、ゲイ。男性の同性愛者。

セックスの攻め受けでも、用語がありますね。

タチ。攻める側。
ネコ。受ける側。
リば。攻め受け両方。

私のパートナーは、バイセクシャルです。
だから、トランスの私のことも受け入れてくれるのでしょう。
ありがたいことだ。

長野の友達は、レズビアン。そしてリバ。

石川の友達は、トランス。

群馬の友達は、レズビアン。

大阪の友達は、バイセクシャル。

全国に友達がいます。
ありがたいね。
そして友達もやっぱり自分のセクは悩むみたいです。

私も頭禿げそうなくらい悩んだ。
悩むときに、この用語っていうか、自分の性を探るのがとっても理解が進みました。
なので用語、自分のスタンスというか立ち位置というか、知るのが大事ですね。

死なないで。

出会いは大事よね。
私は、自分がトランスだっていうことは実は最近ようやく受け入れました。
45年間、自分がなんでこんなに苦しむのかわからなかったのです。
なぜ、人とうまく付き合えないか。
それは、自分とであってなかったからですね。
自分の身体は女性。
でも心は本当は男性。
つまり、自分の本来の性別は男性でした。
この、自分との出会いに45年間。
かなり壮絶でした。

今は、幸せです。
でもね、今日もきっとどこかで、トランスの人が自殺していると思います。
自分のセクシャリティを、一人で抱えてね、それで、周りに受け入れられずに亡くなる人が実際にいたのです。
若いFTMの人が自殺しましたね。
自分のセクを会社に言ったら解雇。
そんな馬鹿げたことが実際にあった。
私でも、死ぬと思います。

実際、私も、2回自殺未遂したのです。
気の毒すぎるし、なぜ死んだかという本当に悔しいです。悲しいです。

でもね、やっぱり生きてほしいです。
自分の体は受け入れられないのも私が当事者だからよくわかります。
だからこそ、生きてほしい。
性別適合手術を受けてほしいですね。

そして、本当の自分と出会ってほしいです。

ちなみに私は手術しません。
お金がないからっていうのもあるし、パートナーが望んでいないっていうのもある。
そこは人それぞれです。
人それぞれでいいと思いますね。

友達の場合。

おはようございます。
今日もいい天気ですね。

トランスは、なかなか生きるのがシビアでしてね。
人によっては、やはりホルモン注射のせいで、体調を崩しています。
もれなくといっていいかな。
私は、ホルモン注射も、手術もしていません。
こわいです。
体をいじるのは必要を感じていません。
中性よりだからっていうのもある。

友達がいましてね。
その友達も、トランスです。
FTM。
かなり毎日苦しんでいます。
体が、性が、自分の本来のものと違うっていう苦しみです。
異形と言っています。
鏡を見ても大変だし、人に女扱いをされるのも、苦しい。地獄のようです。
その人もなんにも体をいじっていません。

現実逃避をするしかなくて、毎日毎日ゲーム三昧の日々。
仕事はしています。
女性として働いているのです。
ある大学で研究をしつつ、バイトをしています。
物理を研究していて、物理って、化学、生物、地学と比べて服装が自由なんだって。
そうなんだ。
知らなんだ。

その人は、食べることが唯一の楽しみ。ゲームもか。
とにかく食べる。いつも食べる。
性欲がないの。ノンセクシャル。
恋愛感情もない。アセクシャル。

いろいろ人が居る中で、その人と出会えて、いろいろ共有できるのは本当に慰めです。
自分だけじゃないっていう慰めです。

幼少期からはじまります。

はっきり言って、トランスジェンダーはなかなか生きづらいです。
体と心が一致しないのはかなりしんどいのです。
それに、服とかも女性のものは絶対に着たくないですからね。
服はメンズ、でも顔や身体は女性。
そういうことは今はまあ、あり得るというか、「普通」ですけどね。

私は、トランスです。
性同一性障害です。

全然話がぶっとぶけど、私は好きな人と暮らしています。
それで人生幸せです。
私が好きな人が私を好き。
相手は女性です。

嬉しいです。
私は恋愛をかなり重んじているので、私のつらい人生に一気に花が咲いた気がします。
つらいというか、いろいろあった人生ね。

まず、幼少期には、いろいろありました。
まず、強烈に覚えているのは、2歳だったかなあ、親戚のお姉さんの結婚式に出ないといけないとき、
「女の子」だから真っ白なドレスを着せられてね。
それで、それがかなり辛くて辛くて泣いていた。
私はあの時本当につらくてね、とにかく嫌だったです。
自分に絶対に似合わないと思っていたし、過敏だったからっていうのもある。
服ってかなり大事ですよね。
まあ、子どもなんですぐになれて、でも同い年の従兄弟が子供用のタキシードを着ていたのが心底うらやましかったです。